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カンボジアの封じ込め選挙は言論への警告かも2

カンボジアの封じ込め選挙は言論への警告かも2




軍事政権、またはそれ以上の方法でフン・セ
ン首相は総選挙を操作支配しました。この選
挙後に阿佐部氏はプノンペンを取材して歩い
たようです。カンボジア人民党が125議席
部を獲得した選挙結果はどこへどう影響した
でしょうか。



今のところプノンペンではこの選挙結果に反
対したり異を唱える人はいないようです。経
済活動が活発な状態で、明日、明後日の仕事
が続くことが大事といった雰囲気のようです。
阿佐部氏は「不気味な不安」といっています
が、なんとなく漂う雰囲気があったのでしょ
う。


前ページに2010年にカンボジアラオスは中
国と経済開発協力に調印したとありましたが、
2011年には中国のカンボジアへの経済協力は
3億3千万ドル、2012年には4億6千万ドル、
2013年には4億4千万ドルとなり、日本の援助
額の3倍以上に達しました。この時期に習近平
氏はまだ国家主席になっておらず、「一帯一
路」の言葉はまだ見られなかったでしょう。


中国内の不正腐敗は盛んな時期であり、カン
ボジア政権の腐敗と溶け合って、経済協力のお
金はあっちこっちに流れ、流用されてプノンペ
ンを風靡したと思われます。巷では中国語熱が
盛んになってきたということです。


不正腐敗を口にしそうなところは力で押さえ込
んで、もう姿はありません。アメリカやヨーロ
ッパの口うるさい国は中国語の陰に隠れたよう
です。


カンボジアの人口は約1500万人です。地方か
ら仕事を求めてプノンペンに来た者も少なくあ
りません。建設現場の作業が続くのを願ってい
る人もいるし、安い人件費が目的の外国企業で
は忙しく仕事が続くことを望んでいる人もいる
でしょう。中国の経済協力はほとんどが有償と
いうことです。やがて嫌でも1500万人が債務
に気づく日もくるでしょう。例の「債務の罠」
でしょう。
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プノンペン中州の工事中ビル・画像
南シナ海・カンボジア・中州のビル.PNG

なぜ続く強権独裁? ~カンボジア2018総選挙~

1からの続きです
日本人ビジネスマンは独裁支持

 「日本人商工会のメンバーは安定の方が大事だと思っていますよ」。カンボジアに暮らして20年以上、現地商社を営む日本人男性は、概ねフンセン独裁を支持していた。彼が面談に選んだ場所は、フンセン首相の家族が利権を握る『ダイヤモンド・アイランド』と呼ばれる再開発地域。

ここはメコン川の中洲で畑ばかりだったが、中国がテーマパークさながらの欧州風会議場や公園を既に完成させ、何棟もの高層ビルの建設が進んでいる。彼はネット上の自己紹介でも「カンボジアの経済成長と共に自分も成長できました。縮小傾向の日本ではなく、高度経済成長の国にいられて本当に良かった」と書いている。

 「間違いは間違いとする欧米の考え方も分かりますが、アメリカ一強ではなくなった世界で、そういう白か黒かというのは如何なものでしょうかね。むしろ、カンボジアは興味深いポジションを取っていますよ」。日本の大学で開発経済学を学び、国連難民高等弁務官事務所UNHCR)で学生ボランティアの経験もある彼らしく、こうも言う。

「もし今、私が学生でこの国に来ていたなら、憤慨して何らかの行動を取っていたと思いますよ。ですが、もう立場が違うので…。それにしても、救国党の議員たちは"腰抜け"ですよ」。家族や支持者を含め200人以上が外国へ避難しているが、逮捕されても国内に踏み留まっていれば、そんな異常事態に国際社会の耳目がもっと集まり、民主派にとって新たな展開もあったはずだというのが彼の考えだ。

 「カンボジアのような小国ではなく、反民主化政策に転じたのが大国ならば、欧米は同じ対応を取っていたでしょうか。小国を舐めたような上から目線が、カンボジアを中国べったりにさせているんだと思いますよ」。日本人でありながら、長年この国に暮らす彼はカンボジア人の誇りも代弁する。

制裁の行方

 アメリカは一連の反民主化の動きを遺憾とし、カンボジア政府高官へのビザ発給停止に続き、政府間援助のカットや減額を決めた。それがカンボジアの中国依存をいよいよ高める措置であることを、ホワイトハウスが知らないはずはない。

今回、不公正な選挙を押し通したカンボジアに対して、欧米諸国は経済制裁も辞さないだろう。無税で欧米へ輸出できていた衣料品や靴などに課税されれば、カンボジアの工場は国際競争に負けて閉鎖に追い込まれ、何十万という失業者が出る。その工員たちの殆どは地方からプノンペンへ現金収入を求めて出てきている人たちなので、全国の市民の暮らしを直撃することになる。だが、生活苦から民主化運動が盛り上がることは、あまり期待できないのが現代だ。

不気味な不安

 同じ東南アジアの旧ビルマミャンマー)では軍事独裁政権に対して、市民が蜂起してゼネストやデモを起こしたり、ジャングルに立て籠もったりして闘う民主派がいた。今のカンボジアでそうした民主化運動が起こらないのは、やはり経済が滞ることなく成長し続け、政府に何のツテもない庶民の生活水準でさえ、年々上がって来ているからだ。

 野党は腐敗防止のほか、教育や福祉、医療に予算を注ぐといった公約を挙げていた。しかし、野党が政権を取ったからと、今以上に急ピッチで生活が良くなる保証はないのではと勘ぐり、逆に社会が不安定になったり、ひいては内戦が起きたりすることを危惧する人が少なくなかった。よく言われる喩えだが、「1カ月先の100ドルより、今日の1ドル」という感覚なのだろうか。いや、状況はもっと厳しく、甘美な夢より、不気味な不安の方が強かったのだろう。

民主主義“移植”から四半世紀

 1991年内戦に終止符を打ち、日本も参加した国連PKOを経て、1993年には暫定政府が発足したカンボジア。その過程を取材しながら、憲法草案を和訳したが、模範的な民主憲法だったことを鮮烈に覚えている。

 国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が撤収する直前、明石康UNTAC特別代表にインタビューしたことがあった。「我々は民主主義の種を蒔いただけで、あと水をやって育てるのはカンボジア人の仕事ですよ。英、仏、米だって民主主義が定着するまでに200年以上かかり、まだ完全なものではないでしょう。国それぞれのプロセスがあり、カンボジアらしい民主主義で良いということです」。彼は当時、独立自治の尊重とも、責任を限定した逃げとも取れる言い方で、カンボジアPKOの意義を振り返っていた。

 この国の知識人の間では今、民主主義が曲げられても、経済社会が安定している限り、もはや外国が政治介入してくる時代ではないという認識がある。北隣のタイが軍政下にあっても、東隣のベトナム共産党独裁を続けていても、外国が民主派を直接大規模に支援したりはしていない。それはタイもベトナムも安定的な経済発展を遂げ、自由は制限されていても大半の国民が現状に妥協し、欧米や日本など民主国も貿易や投資で利益を上げられているからであろう。経済が上向いている限り、強権独裁は続きそうだ。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

なぜ続く強権独裁? ~カンボジア2018総選挙~

8月3日(金) 11時0分-アジア・オセアニア(阿佐部伸一)

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