ネットビジネス情報は海原の波

毎日、沢山の情報が生まれ消えています。どんな情報がいいのか?

イシグロ氏の長崎への特別な気持ちはこれみたい

イシグロ氏の長崎への特別な気持ちはこれみたい




前ページに続いてカズオ・イシグロ氏に関するニ
ュースですが、2月14日配信のものです。カズオ・
イシグロ氏が田上富久長崎市長へ返信した手紙に
「長崎と聞くだけで特別な気持ちに包まれます」
と書かれています。この「特別な気持ち」を理解
できそうな記事です。


以下の報道記事ではカズオ・イシグロ氏のお母さ
ん静子さんには妹の和子さんがいて、叔母さんの
和子さんが取材記者に原爆が投下された長崎の様
子を語っています。カズオ・イシグロ氏がお母さ
んからほぼ同じ話をことを聞いていると思ってい
いでしょう。和子さんは原爆が投下された後、自
宅を確認しに戻ったら、両親や静子さんは奇跡的
に無事だったということです。


報道記事にあるようなことは原爆でなければあり
えない悲惨な状態ですが、カズオ少年がイギリス
の学校へ通っている時期に、お母さんから原爆下
の遺体が道路に転がっているような地獄話を聞い
ていたとしても、学校ではこんな生々しい悲劇が
出てくることも、イギリスのどこかの地域で原爆
被爆に関心があるということも考えられません。
カズオ少年が自分からイギリスの人に語ることも
ないでしょう。カズオ少年は本当に一人で長崎や
日本のイメージを作ったと思われます。


和子さんは「姉も私も被爆者であることを隠して
きた」と言っています。あまりにも特殊なという
か、残酷というか、一瞬に何万人も死亡するとい
う不幸を見たらそうなっても当然でしょう。実際、
歓迎される話ではありません。カズオ・イシグロ
氏はお母さんから伝え聞いた話は他人に話すこと
ではなく、歴史の一部として知っておくことと整
理されるのではないでしょうか。全く、人類史上
初めての出来事です。


そして、お母さんから長崎の人々が助け合いなが
ら復興の作業を進めた話もあったことでしょう。
叔母の和子さんは「人を焼くにおいが今も忘れら
れない」ということなのですが、どんな社会でも
普通ではありえない状態であり、それは語り継が
れることになります。話を聞いた者は非常に特別
なことなので年齢にかかわらず、いつまでも記憶
に残ります。


カズオ少年がイギリスの日常の中で触れる日本に
関する情報は輸出された工業製品だったり、新幹
線のような先端技術のもの、イギリスと変わらな
い経済活動に基づくものだったりすると、もう原
爆被害を感じさせるものは何もないことになりま
す。


推測になりますが、カズオ・イシグロ氏の中では
イギリスの人々がイギリスから長崎や広島を見た
時の感覚も分かり、地球全体からすると忘れては
ならない被爆の町という意味もあり、その上にお
母さんが目の当たりにした生々しい原爆の被害も、
焼け野原からの町の復興も聞いて知っている。こ
れを防ぐには平和だ、となり、イギリスで日々英
語で生活していても、「長崎」と聞くと「特別な
気持ちに包まれる」ということではないでしょう
か。


2番目の記事はカズオ・イシグロ氏を長崎市名誉
市民へというお話です。日本からノーベル文学賞
の受賞者はそうそう出ることもないですから、長
崎市としては貴重な人材でしょう。長崎県も何か
考えているようです。
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ノーベル賞イシグロ氏の原点 母が語った長崎の地獄 神戸在住の叔母が明かす

神戸新聞NEXT 2/14(水) 6:31配信

 2017年ノーベル文学賞の英国人小説家カズオ・イシグロ氏(63)が大きな影響を受けたと語った母の被爆体験。イシグロ氏の叔母で神戸市中央区に住む森永和子さん(88)が神戸新聞の取材に応じ、姉がイシグロ氏に語ったとみられる被爆の様子などを詳細に語った。(井上 駿)

【写真】ノーベル賞授賞式を終え文学賞のメダルを手にするカズオ・イシグロ氏

 イシグロ氏は受賞後の講演で、母の石黒静子さん(91)=英国在住=が長崎で被爆したことを明かし、作家を志してすぐ長崎と戦争をテーマにした作品の執筆を始めたことに触れた。

 長編デビュー作「遠い山なみの光」は、長崎出身で英国に暮らす主人公エツコが、原爆復興期にある故郷で出会った母子との交流を回想する。イシグロ氏は幼少期を長崎で過ごし「原爆の影の下で育った」とする。母から被爆経験を聞いて育った影響が作品にも色濃く残る。

 73年前、静子さんと森永さんはともに女学生で、長崎の兵器工場に学徒動員されていた。空襲の回数が増えるにつれ工場の機械を近くのトンネルに移し、兵器を造り続けたという。

 1945年8月9日午前11時2分、爆心地から5・7キロ離れたトンネル内の疎開工場にいた森永さんは、爆音に見舞われた。しばらくして、体中の皮がはがれ、うめき声を上げる重傷者が次々にトンネル内に運ばれてきた。

 森永さんは家族の安否が知りたくて市街地に出た。両親や静子さんは奇跡的に無事だった。焼けただれた遺体が転がる地獄絵図の中、終戦までの数日間、犠牲者を焼いて骨を拾った。「人を焼くにおいが今も忘れられない」と振り返る。

 静子さんは被爆当時、工場に向かう車を待っていた。自身は助かったが、同じ工場に勤めていた親友5人を亡くした。「姉は毎晩泣き明かしていた」と森永さん。10月に学校が再開し、姉が弔辞で亡くなった親友との思い出を語る姿が今も記憶に残る。

 「姉も私も被爆者であることを隠してきた」と森永さんは明かす。昨年、イシグロ氏が文学賞に輝き、平和賞を「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が受賞。イシグロ氏が自身の創作と母の被爆体験に触れたことについて「核兵器は悪。私たちは語ることができなかったが、カズオが母の悲惨な経験に向き合って生み出した作品を多くの人に読んでほしい」と力を込める。

 イシグロ氏は昨年末にクリスマスカードを森永さんらに送り、日本の親族を思いやった。森永さんは「会うことができたら『よくやったね』とお祝いしてあげたい」と目を細めた。

 ■カズオ・イシグロ氏 1954年、長崎市海洋学者の父石黒鎮雄と母静子の長男として生まれる。父の仕事の関係で5歳で渡英。81年に短編小説で作家デビューした。英国執事を主人公にした89年の「日の名残り」で英ブッカー賞を受賞、作品は映画化された。クローン技術の発達した社会を描いた「わたしを離さないで」(2005年)も映画になり、日本ではテレビドラマも制作された。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

ノーベル文学賞受賞 カズオ・イシグロ長崎市名誉市民に選定へ

NBC長崎放送 2/14(水) 19:15配信

去年、ノーベル文学賞を受賞した長崎市出身のカズオ・イシグロさんが、長崎市名誉市民に選定されることになりました。

ロンドン在住のカズオ・イシグロさんは5歳まで長崎で過ごし、戦後、間もない長崎を舞台にした小説「遠い山なみの光」で小説家デビュー。去年、ノーベル文学賞を受賞しました。

長崎市出身者のノーベル文学賞受賞は初の快挙で、イシグロさんの平和を願う強い気持ちが市民に深い感銘を与えているとして、長崎市は名誉市民の称号を贈る議案を今月の定例市議会に提案することにしました。

イシグロさんが選ばれれば、長崎市の名誉市民は去年亡くなった長崎大学の元学長、土山秀夫さんに次いで7人目となります。

ノーベル文学賞受賞 カズオ・イシグロ氏 長崎市名誉市民に選定へ

NBC長崎放送 2/14(水) 19:15

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

よかったら覗いてみて

トップ・バナー・恋愛.PNG
終りまでお読み頂き、ありがとうございました
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(下を「いいね」のようにお願いします。いつも感謝しています) 

ショップ名:GMOインターネット株式会社

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇