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これがカズオ少年の日本の成り立ち

これがカズオ少年の日本の成り立ち



 
カズオ・イシグロ氏が5歳までいた長崎の様
子が掲載されています。当時の幼稚園の先生
などがお元気で、子供の頃のカズオ・イシグ
ロ氏を語っています。絵本が好きだったよう
です。元町内会長が語るにはカズオ・イシグ
ロ氏の祖父は上海でビジネスをやり、お金持
ちだったようです。


お父さんの鎮雄さんは長崎気象台で仕事をす
海洋学者だったということです。それが
1960年イギリスの国立海洋研究所の研究員
になり、イギリスに移住。これもすごいです
ね。科学者として研究が評価されたものと思
われます。カズオ少年は日本を離れることに
なりました。


昭和女子大学名誉教授の平井杏子氏はカズオ・
イシグロ氏の両親と親交があるということです
が、平井氏には「カズオ・イシグロ 境界のな
い世界」という著書もあります。カズオ・イシ
グロ氏のおじいさんのことから知っているよう
です。おじいさんはロンドンに居るカズオ・
イシグロ氏へ小学生向け雑誌とか漫画を送って
いたということです。


イギリスに渡って10年目におじいさんが亡
くなり、日本の本が途絶えてカズオ少年は日
本のイメージが止まってしまいます。平井杏
子氏は本人から聞いたのか、詳しく記述され
ています。


平井氏はカズオ・イシグロ氏のお母さんもよ
く知っているようです。日本的な家庭を築い
ていたようです。穏やかなおくゆかしい方の
ようです。


カズオ・イシグロ氏は「自分の日本語は5才」
だそうです。いろいろな意味がありそうです。
また、イギリス人のカズオ・イシグロ氏の印
象はおくゆかしく謙虚な人だそうです。


以下の記事をゆっくり読んでみてください。
この記事は「自分に刻まれた“日本の名残り”
を融合できたことが、・・・」ということで
す。いい結論と思われます。
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カズオ・イシグロ、渡英57年でも日本の名残り 関係者が語る

デイリー新潮 10/20(金) 5:59配信

 

「私の一部は、いつも日本人と思っていた」――。今年のノーベル文学賞に輝いた日系英国人のカズオ・イシグロ氏(62)は、自らの世界観に日本が影響していると会見で語る。長崎市で生まれ、1960年、5歳の時に渡英。以来、57年間でたった3回しか祖国の土を踏んでいない作家のルーツを辿ってみると……。

 ***

 色鮮やかな山車や傘鉾が、坂の多い港町を練り歩く。法被を着た男たちの勇壮な掛け合いは、故郷が生んだ作家の偉業を喜ぶ歓喜の声と重なる。イシグロ氏が産声をあげた長崎では、収穫を祝う秋の風物詩「長崎くんち」が盛大に催された。

 奇しくも、祭りの始まる2日前に受賞の発表があったばかり。生家があった市内の新中川町には、さっそく文学ファンが足を運ぶ姿も見られたという。

 イシグロ氏が渡英する直前まで通っていた近所の桜ヶ丘幼稚園の恩師・田中皓子(てるこ)さん(91)が振り返る。
「カズオちゃんは物静かで、よく絵本を読む子。本当に手のかからない、おとなしい子でした。他の子たちは、お相撲や土遊びをして制服が泥まみれになったりしていたのに、カズオちゃんの制服はいつもキレイだったわ。今考えてみれば、お友達が遊んでいるのを見て、いろんな思いを巡らせて、自分の世界に入っていたのでしょう。決して寂しそうには見えなかったですよ」

 当時から思索家の雰囲気を漂わせたイシグロ氏は、どんな環境で育ったのか。
 街の顔役である自治会長を務めていた末次初己氏(88)が話すには、

「イシグロさんは、お金持ちで“よかとこの人”です。この辺りはいわゆる高級住宅街ですが、その中でも石黒家は、重厚な木造のお屋敷でね。大きな日本庭園もありました。お祖父さんは恰幅のいい人でしたよ」

 戦前、イシグロ氏の祖父・昌明氏は、中国に渡って伊藤忠商事の天津支社に勤務。上海ではトヨタ自動車の本家・豊田自動織機現地法人の設立に際して責任者を務めた。上海租界で財を成し、日中を往復するビジネスマンだったというのだ。

 イシグロ氏の両親と親交があり、『カズオ・イシグロ 境界のない世界』の著書がある昭和女子大学平井杏子・名誉教授が言う。

「イシグロさんは、長編5作目『わたしたちが孤児だったころ』の執筆にあたり、祖父から受け継いだ家族アルバムを参考にしました。父親の鎮雄氏は長崎気象台に勤め、また海洋学者として高潮や津波に関する論文が評価され、ユネスコの支援を受け単身で英国に赴き研究生活を送り始めます」

 その留守中、長崎の家でイシグロ氏の父親代わりになったのが祖父だった。

「正式に英国政府の招きを受けた父は、一家で渡英しますが当初は1年間のつもりだった。そのため、祖父から貰った大切なおもちゃも長崎の自宅に残したまま。けれど、研究が長引き滞在は1年、また1年と延びていったといいます」(同)

 そんな幼少期の体験が、作品に度々描かれる祖父と孫の交流に繋がったという。

「長崎に残った祖父は、孫のために『オバケのQ太郎』といったマンガ本や、『小学一年生』といった雑誌を送っていた。そのおかげで、イシグロさんは英国に住みながら、日本の文化に触れて育ちます」(同)

 実際、イシグロ氏の従兄弟で長崎に住む獣医師・藤原新一氏(71)も、

「昌明おじいちゃんは、イギリスにいるカズオが日本語を忘れないよう日本のマンガ本や子供向けの小説をよく送っていたそうです」

「日本語レベルは5歳」

 ところが、本を通じて繋がっていた祖国との縁は、祖父の死で断ち切られてしまう。平井氏が話を継ぐ。

「渡英から10年の月日が経った頃、一家へ祖父の訃報が届きます。ご両親から聞いた話では、10代半ばのイシグロ少年は、いつか敬愛する祖父のいる日本に帰る気でいた。それだけに、喪失感は相当深かったと思います。当時は、気軽に何度も飛行機に乗ることはできませんし、今よりも日本、ましてや長崎はずっと遠い場所。彼は、祖父の死をもって故郷を喪失したのでしょう。以来、イシグロさんの中には日本への『傷』がずっとある。彼の作品が世界中の読者に親しまれている理由は、各々が失った過去の思い出や、大切にしている記憶などの『傷』と、どこかで共鳴するからだと思います」

 実父は10年前に亡くなったが、実母の静子さん(91)はロンドン郊外のケアハウスで暮らしている。

「お母様は、主婦として毎日の食卓に和食が並ぶような日本的な家庭を築き、イシグロさんにねだられ絵本を読んで聞かせた。数年前に、私が『カズオさんは、いつか必ずノーベル賞を取りますよ』と言ったら、『いつまで書き続けられるのかしら』と穏やかに微笑む、品のある奥ゆかしい方です」(同)

 英国の大学院を卒業した彼は、小説家を志す傍ら映画にのめり込み、「東京物語」の小津安二郎監督や、「浮雲」の成瀬巳喜男監督の作品で母国への想いを膨らませた。

 82年のデビュー作『遠い山なみの光』と2作目は日本が舞台だったが、インタビューでは、“幼少期の日本の記憶を、忘れないうちに残しておきたかった”と語る。3作目の長編『日の名残り』では英国最高の文学賞ブッカー賞を受賞。イギリスを代表する作家としての地位を築き上げたのだ。そんなイシグロ氏は、言葉に纏わる尽きない悩みを抱えているという。

「彼は、日本語を十分に操れないのが残念だと思っていて、『自分の日本語レベルは5歳』と口にしていた」

 と明かすのは、30年来親交がある在英の映像プロデューサー・吉崎ミチヨ氏だ。

「私と彼とは『イシグロサン』、『ミチヨサン』と日本語で呼び合いますが、イギリスに住む日本人同士、日本風に言いたいですよ」

 そんなイシグロサンが来日した折には、こんなこともあったと続ける。

「顔が日本人だから、レストランでは日本語でオーダーを聞かれたけど、満足に答えられず気まずい思いをした。以降はホテルのルームサービスで済ませてしまったそうです」

 そんなシャイな一面を持つイシグロ氏も、両親とは英単語を豊富に交えた日本語で話していたというが、

「それでも意思疎通はスムーズにいかないこともあるでしょう。私の息子が、彼に日本語を学ぶ相談をした時は、バイリンガルになることを薦めていましたね」(同)

 今と違って、イシグロ氏が青春を過ごした70年代の英国は、日本人学校も整備されていなかったのだ。

「当時は、非白人へのイジメが少なからずありました。学生時代を知るクラスメイトの友人は、『イシグロはプリテンシャス(気取った)というあだ名がつけられていた』と教えてくれました。きっと、クラスで自分達より奥深い英語力を駆使する彼への嫉妬があったのでしょう。大人になった彼を知る英国人は皆、決して自分を押し出さない、奥ゆかしく謙虚な人柄に感銘を受けますが、それこそイシグロサンの日本人的な特徴でもあるのです」(同)

 自分に刻まれた“日本の名残り”を融合できたことが、多くの読者を魅了する原動力になったに違いない。

週刊新潮」2017年10月19日号 掲載

 
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長崎くんち・・長崎の風物詩
 
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10月7日~10月9日に行われる。
 
 
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