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ネットビジネス情報は海原の波

毎日、沢山の情報が生まれ消えています。どんな情報がいいのか?

お正月なので、ボブ・ディランのおめでたいお話1

お正月なので、
ボブ・ディランのおめでたいお話1
 

 

1月1日はお正月、
 
明けましておめでとうございます。
 
 
おめでたく、明るいお話を掲載します。


アメリカの歌手ボブ・ディランがノーベル
文学賞を受賞しました。このお話はみなさん
と地球上の多くの人がご存知ですね。

音楽が芸術ではあるとしても、文学の分野でも
あるとは気が付かなかったですね。別に異論が
あるわけではありません。

おめでとう、なんです。


なぜ明るいニュースかという点は、ボブ・ディ
ランの対応が面白いのですね。ノーベル文学賞
の発表があった時、ボブ・ディランは沈黙しま
した。文学という意識はなくて作詞、作曲して
いたようです。それと、個人の性格が、つまり
個性からでしょう、ノーベル賞という大変な名
誉に押しつぶされると感じたかもしれません、
沈黙して周り大騒ぎを避けたように思われます。


そして、日にちが過ぎて「受賞する」と発表し
ました。これで、地球上の多くの人は安心した
のではないでしょうか。ボブディ・ディランは
自分に素直、正直、ちょっと控えめなだけ、
「よかった」と思った人が多かったのではない
でしょうか。


以下の報道記事はボブ・ディランがノーベル文
学賞を受賞すること表明し、ノーベル・アカデ
ミーが発表したものなどです。


賞は受賞するが、授賞式は欠席するということ
です。ニュースの配信日は10月、11月のもの
です。以下の画像はスエーデンの公的なページ
から借りてきました。
 

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以下の5番目の記事には、ボブ・ディランはミネ
ソタ州の生まれなのですが、ボブ・ディラン
因む町がボブ・ディランのフェスティバルを毎
年するそうです。そのイベントにボブ・ディラ
ンが現れることは誰一人として期待していない
ということです。ボブ・ディランの何から何ま
でを愛している人たちが集まるのでしょう。
ぜひ、ミネソタの様子を一読してください。


このブログはマララさんがノーベル賞平和賞を
受賞した時の記事を集めました。この平和賞は
ノルウェーの方で運営され、未成年の受賞でし
た。このブログ内の2014年10月~12月に掲載
があります。よかったら「マララ」、「ノーベ
ル平和賞」などで検索してしてみてください。

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ボブ・ディラン氏、ついに沈黙破る ノーベル賞受賞「素晴らしい」

AFP=時事 10/29(土) 6:34配信

 

【AFP=時事】米シンガー・ソングライターボブ・ディランBob Dylan)氏(75)が、28日に英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)が掲載したインタビューの中で、今年のノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature)受賞者に選ばれたことに初めて言及し、「素晴らしい」ことだと喜びを語った。

【写真12枚】ディラン氏の軌跡を振り返る

 ディラン氏は同賞受賞について「信じられない」「素晴らしいことだ。こんなことを夢見る人がいるか?」と語り、12月10日にストックホルム(Stockholm)で行われる授賞式への出席の意向を問われると「もちろん、できることなら」と答えた。

 ディラン氏は今月13日に音楽家としては初となるノーベル文学賞の受賞決定が発表されたが、同賞の選考委員会であるスウェーデン・アカデミー(Swedish Academy)の委員を務める著名スウェーデン人作家ペル・ワストベルイ(Per Wastberg)氏はその1週間後、ディラン氏とまだ連絡がついていないことを明かし、「無礼で傲慢(ごうまん)だ」と非難していた。

 インタビューで、沈黙を貫いていた理由について問われたディラン氏は「今ここにいるだろう」と答えている。【翻訳編集】 AFPBB News

ボブ・ディラン氏、ついに沈黙破る ノーベル賞受賞「素晴らしい」

AFP=時事 6時34分

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ノーベル賞・ボブ・ディラン.JPG
 
 

ボブ・ディランさん、ノーベル賞授賞式欠席へ

BBC News 11/17(木) 10:30配信

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スウェーデン・アカデミーは16日、ノーベル文学賞に選んだ米歌手ボブ・ディランさん(75)が授賞式に欠席すると発表した。「先約があるため」欠席すると本人から書簡が送られてきたという。授賞式はノーベル賞の設立者アルフレッド・ノーベルの命日にあたる12月10日、ストックホルムで行われる。

スウェーデン・アカデミーによると、ディランさんは書簡で「非常に光栄」で、自ら賞を受け取りたかったと書いていたという。

ノーベル賞受賞者は来年6月までに、受賞講演をすることが義務付けられている。

ノーベル文学賞の授賞式に欠席した受賞者は、ほかに2005年受賞の英戯曲家ハロルド・ピンターさんや2007年受賞の英作家ドリス・レッシングさんなどがいる。

スウェーデン・アカデミーは、「それでも賞は各自のもので、ボブ・ディランも同様だ」と声明で発表。

「私たちはボブ・ディランノーベル賞受賞講演を楽しみにしている。受賞講演が受賞にあたって唯一の条件で、2016年12月10日から6カ月以内にボブ・ディランも講演しなくてはならない」とアカデミーは説明した。

ディランさんは「偉大なアメリカ歌謡の伝統の中で新たな詩的表現を創造した」と評価され文学賞に選ばれたものの、約2週間にわたり沈黙を続けたため、さらに注目を浴びた。アカデミーは10月28日、ディランさんから「言葉もない」ほど光栄で、「できれば」自らスウェーデンの授賞式に出席して賞を受け取るという返事を得たと発表していた。
(英語記事 Bob Dylan confirms non-attendance at Nobel Prize ceremony)

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ボブ・ディランさん、ノーベル文学賞授賞式は欠席 「先約がある」

産経新聞 11/17(木) 1:29配信

 【ロンドン支局】AP通信によると、ノーベル文学賞の選考委員会スウェーデン・アカデミーは16日、今年の文学賞に決定したボブ・ディランさん(75)が、12月10日にストックホルムで行われる授賞式に出席しないと明らかにした。

 スウェーデンのメディアの報道によると、アカデミーはディランさんから書簡を受け取り、その中で「先約」があると理由が記されていたという。

 ディランさんは先月13日に授賞が発表された後、沈黙を保っていたが、28日になってアカデミーはディランさんが賞を受け入れる意向を示したと発表した。ディランさんは英紙のインタビューで授賞式に出席するかどうかを尋ねられ、「できることなら」と述べたが、出欠についてはっきりした返事は避けていた。アカデミーは今月3日、授賞式に先立つ恒例の記者会見を今年は行わないと明らかにしていた。

ボブ・ディランさん、ノーベル文学賞授賞式は欠席 「先約がある」

産経新聞 1時29分

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ノーベル文学賞受賞のボブ・ディラン、授賞式欠席

日刊スポーツ 11/17(木) 1:30配信

 ノーベル文学賞の選考主体スウェーデン・アカデミーは16日、受賞者の米シンガー・ソングライターボブ・ディラン(75)が、12月10日にストックホルムで行われる授賞式に参加しないと手紙で連絡してきたことを明らかにした。既に予定が入っており、ストックホルムに向かうことが難しいことが理由だという。

 スウェーデン・アカデミーによると、手紙は15日夜に届いたという。ディランは手紙の中で「できることなら、自分の手で賞を受け取りたかった。(受賞は)本当に光栄に思っている」などとつづっていたという。

 規則では、ノーベル賞の創設者アルフレド・ノーベルの命日の12月10日から6カ月以内に、受賞の理由となった功績に関する講演を行わないと、賞金を受け取れない。スウェーデン・アカデミーはリリースの最後に「私たちは、ボブ・ディラン氏の講演会を楽しみにしております」とつづった。

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これぞボブ・ディラン 「欠席」も愛する地元民

ウォール・ストリート・ジャーナル 12/7(水) 13:47配信

 【ダルース(米ミネソタ州)】ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディラン氏が授賞式を欠席すると知った際、ディラン氏の遠戚にあたるスティーブ・ゴールドファインさんは少しも意外に思わなかったという。そうした性癖は、もう何十年も変わらないだからだ。

 「彼は60年前からまったく変わっていない」と話すゴールドファインさん。1950年代にはディラン氏の家族と感謝祭のディナーを楽しんだこともあったが、「その時もあの人は地下の部屋から出てこなかったし、ずっと音楽を楽しんでいた」という。

 ミュージシャンとして初めてノーベル文学賞を受賞したディラン氏は、賞を授与するスウェーデン・アカデミーを振り回し続けている。受賞決定後は数週間にわたり連絡が取れず、一時は1964年のジャン=ポール・サルトル氏以来の賞辞退者になるかと騒がれた。スウェーデンのテレビに出演したノーベル委員会のメンバーは、この時の同氏の対応を「無礼で傲慢(ごうまん)」と批判したほどだ。

 その後ディラン氏は賞を受け取る意向を示したが、10日にストックホルムで行われる授賞式に関しては「可能ならば」出席するとし、結局は「先約がある」ため欠席することとなった。

 過去にも授賞式に現れなかったノーベル文学賞受賞者は数名いるが、各自それなりの理由があってのことだった。2004年のエルフリーデ・イェリネク氏は広場恐怖症などを理由に欠席をしたが、会場向けにビデオメッセージを寄せた。2005年の受賞者ハロルド・ピンター氏は、体調不良のため欠席。1970年の受賞者アレクサンドル・ソルジェニーツィン氏は母国の旧ソ連に再入国できなくなる可能性があるとして、式を欠席している。

追憶のミネソタ州

 ノーベル委員会の発表によれば、受賞者は授賞式から半年以内に必ず記念講演を行わなければならない。しかしこの無理強いに不快感を示しているのが、他でもないディラン氏の生まれ故郷に住む人たちだ。

 ミネソタ州ダルースとヒビングの住民らは、何十年にもわたりディラン氏の功績をたたえ、イベントを開催し、楽曲コンテストや詩の朗読会を開いている。もちろんディラン氏本人の登場はいつでも歓迎するが、「誰ひとりとして本人が会場に現れるとは期待していない」とヒビングに住むジョー・キーズさんは言う。

 当地で本屋を営んでいたキーズさんは、妻メリーさんとともにディラン氏にまつわる名所のツアーガイドとしても働く。ヒビングではディラン氏の誕生日に合わせて毎年5月24日に「ディラン・デイズ・フェスティバル」が開催されるが、キーズ夫妻は2006年の同イベント立ち上げに携わっていたという。

 地元の人たちは偉大なる同郷ミュージシャンの功績を称賛し、毎年ディラン・デイズ・フェスティバルに集まる。当日は参加者全員で「ハッピーバースデー」を歌い、食事にはディラン氏の好物とされるチェリーパイがふるまわれる。ただディラン氏はこれまで、ディラン・デイズ・フェスティバルの存在を認めたことはない。

秘めた故郷への思い

 メディアのインタビューにほとんど応じないことで知られるディラン氏。今回も代理人を通じてコメントを求めたところ返答は得られなかった。しかし過去の発言を見ると、故郷への思いが感じられる一方で、音楽を追究するために地元を後にした経緯が垣間見える。

 2005年に公開されたマーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」では、ディラン氏は「ラジオを聞き始めて、地元に居続けることが退屈に感じられるようになった」と話している。

 ヒビングを去った後、ディラン氏はミネソタ州ミネアポリスに移り、その後1959年にニューヨークのグリニッチビレッジに移動。その頃のインタビューではニューメキシコ州のギャロップで育ち、14歳で旅回りのサーカス団に参加するようになったなどの作り話をするようになった。鉱山に囲まれた小さな街で育った事実は、自らのキャリアにふさわしくないと感じたのかもしれない。

 しかし地元ミネソタの人たちは、それを気にとめる様子もない。ダルースで開催される「ディラン・フェス」を主催すゼイン・ベイルさんは、「若い人たちがミネソタ州北東部から出たがるのは、よくある話だ」と語る。

 ミネソタ州のマーク・デイトン知事も、ディラン氏が若くして「ミネソタ州の枠にとどまることができなくなった」と話す。同じくミュージシャンのプリンスもミネソタ州出身地だが、プリンスは生涯を通して地元で生活を続けた。「プリンスは永遠のミネソタ人。しかしボブ・ディランミネソタの子だ」とデイトン知事は話し、両者ともたたえている。

 デイトン知事は12月10日を州の「ボブ・ディランの日」に制定。当日のヒビングではディラン氏が1954年にバルミツバー(ユダヤ教徒のお祝い)を開いたホテルでライブが開かれ、カクテルなどがふるまわれる予定だ。

 ディラン氏が6歳から18歳まで過ごしていたこともあり、同氏の故郷といえばヒビングを指すことが多い。しかし6歳になるまで過ごしたダルースの街も、今は一週間にわたって続くディラン・フェスの開催地として知られる。フェスには毎年数千人のファンが訪れ、来場者はディラン氏になりきって詩を読み、作詞作曲コンテストに参加する。

風のように去ったディラン

 ディラン氏もデビュー当初は「声がフランク・シナトラと違う」などと批判され、ここまで地元で愛される存在ではなかった。1986年にはダルースの通りにディラン氏の名前をつける運動もあったが、一部住民が「1960年代の過激活動家の名前をつける理由が分からない」として反発したため、市議会によって却下された。

 ディラン氏が故郷で開かれる自身のイベントに出席することはないが、街を去ってから1度も地元に足を踏み入れなかったわけではない。遠戚関係にあるゴールドファインさんによれば、1970年代と80年代には友達や家族と会うためにこっそりと帰ってくることも多々あったという。

 2004年には弟デビッドさんの義母の葬儀に出席するため、ヒビングを訪れたこともあった。自身が育った家の向かいにある教会に現れたディラン氏は、たまたま居合わせた高校の恩師に話しかけ、学校で教わったことについて感謝の言葉を述べるなどしていた。

 ただ、話を聞きつけたマスコミがカメラを持って葬儀後の教会に押し寄せた時、ディラン氏はすでに姿を消していたという。

By GABRIEL T. RUBIN

これぞボブ・ディラン 「欠席」も愛する地元民

ウォール・ストリート・ジャーナル 12/7(水) 13:47

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ディランさん、授賞式欠席へ=書簡で「先約あり」―ノーベル文学賞

時事通信 0時58分

 

終りまでお読み頂き、ありがとうございました
 
本年もよろしくお願いいたします

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