読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネットビジネス情報は海原の波

毎日、沢山の情報が生まれ消えています。どんな情報がいいのか?

パンチェン・ラマ11世が灌頂の仏教儀式と言われても

パンチェン・ラマ11世が灌頂の仏教儀式と言われても
 

 

パンチェン・ラマ11世のニュースがありました。
チベットではパンチェン・ラマダライ・ラマ
に次ぐ第二番目の地位なのですが、パンチェン・
ラマ11世については非常に複雑な状況がありま
す。

今、パンチェン・ラマは2人いることになってい
ます。1人はダライ・ラマ14世がパンチェン・ラ
マと認定した人と、もう1人は中国政府がパンチ
ェン・ラマと決定した人です。言うまでもなく、
政治的な背景から発生しています。「華夷秩序
そのものと言えます。

ダライ・ラマパンチェン・ラマの関係は、チベ
ットではパンチェン・ラマの後継者を決定するの
ダライ・ラマダライ・ラマの後継者を決定す
るのはパンチェン・ラマとなっています。この制
度で進めるなら、ダライ・ラマ14世の後継者は今
パンチェン・ラマが決定することになり、中国
側がその決定に関与できることになります。

「灌頂(かんじょう)」の仏教儀式をするところ
はシガチェのタシルンポ寺です。シガチェはラサ
からネパール方面に行く途中にある町です。パン
チェン・ラマのお寺がタシルンポ寺です。50年前
は1966年となりますから、パンチェン・ラマ10
世が「灌頂」の儀式をしてからは、なかったこと
になります。パンチェン・ラマ10世は1989年に
謎の急死をしました。

中国側の目的は何か分かりません。チベットの状
態は正常との正当化に利用するのだろうと推測で
きます。ダライ・ラマ14世を「チベット分離独立
主義者」とか、最近では「テロリスト」とか表現
しています。

ダライ・ラマ14世パンチェン・ラマ10世の後
継者と認定した人は、中国内で幽閉状態が続いて
いるようです。中国側は普通の生活をしていると
の情報をたまに流すだけです。

報道記事の下に、簡単な歴史を書きました。参考
にしてください。
 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

中国認定のパンチェン・ラマチベットで50年ぶりの宗教儀式

ロイター 7月22日(金)13時12分配信

[北京 21日 ロイター] - 中国国営の新華社によると、中国政府によってチベット仏教の序列2位の高僧パンチェン・ラマ11世と認定された青年が21日、チベット仏教の重要儀式「カーラチャクラ灌頂」を開始した。

チベットでこの儀式が執り行われるのは50年ぶり。

4日間にわたる儀式が行われるのは、11世が座主を務めるチベット南部シガツェのタシルンボ寺。この寺の僧に加え、甘粛省の僧など約5万人が参加する予定という。

この11世とは別に、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は1995年に当時6歳の少年をパンチェン・ラマ11世と認定したが、直後に中国当局に誘拐され、今も拘束されている。

1959年にインドに亡命したダライ・ラマ14世はチベット以外で「カーラチャクラ灌頂」を執り行ってきた。

中国認定のパンチェン・ラマ、チベットで50年ぶりの宗教儀式

ロイター 13時12分

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

1949年‥パンチェン・ラマ10世、ロブサン・ティンレー・チューキ・ギャルツェン1938年生まれが、パンチェン・ラマ9世を後継。
1959年‥ダライ・ラマ14世がラサからインドへ亡命。
1962年‥パンチェン・ラマ10世が「七万語上書」を中国政府へ提出。食料危機、チベット人消滅の危惧、チベット人への弾圧などが書かれている。
1989年‥パンチェン・ラマ10世、中国のチベット政策を批判後、急死。
1995年‥ダライ・ラマパンチェン・ラマ11世を認定。名前はゲンドゥン・チューキ・ニマ、当時6歳。公表された後、両親と共に行方不明となる。
中国側は同じく6歳のギェンチェン・ノルブをパンチェン・ラマ11世に即位させた。


よかったら覗いてみてください


 
終りまでお読みいただき、ありがとうございました
(以下をいいねと、お願いします。いつも感謝しています)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

WordPressの運用に特化したレンタルサーバー
 
   【wpXレンタルサーバー
 
 
  ショップ名: エックスサーバー株式会社

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇