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ネットビジネス情報は海原の波

毎日、沢山の情報が生まれ消えています。どんな情報がいいのか?

廃墟から幽霊の町へ、ウクライナ難民

廃墟から幽霊の町へ、ウクライナ難民

 
 
 
 
ウクライナ東部の難民のお話です。紛争の下で戦
闘を避けて避難すると、難民と呼ばれる状態にな
るのですが、ウクライナ中部のゴーストタウンに
8家族が住み着いている模様です。そのゴースト
タウンは原子力発電所の計画が中止され、放棄さ
れた町ということです。
 
原発計画が中止されたのはチェルノブイリが爆発
事故を起こしたのが理由です。ゴーストタウン
の名前は「オルビタ」、ソビエト連邦時代に建設
されたようなのですが、ソビエト連邦崩壊期とい
った方が正確でしょう。
 
オルビタに観光に来た若者は、
「世界の終末を描いた映画の中に・・・」
ということです。
ウクライナ東部から避難した人は
「本物のゴーストタウンは親ロ派地域にある」
とのことです。
 
親ロ派地域ではマレーシア航空機が撃墜されまし
た。チェリノブイリの事故も現場から政府へ情報
が伝わるのが遅れたということです。官僚も上に
は伝えず、責任のなすりあいもあったと言われて
います。都合の悪いことは隠すという体質は大国
ほど強いかもしれません。地元の犠牲は大きくな
り、放射能の拡散は西ヨーロッパでも観測されま
した。
 
旅客機撃墜も詳細が明らかにされることは期待で
きないですね。ロシアも中国も強力な皇帝と農奴
の歴史が長く、失敗の情報は隠して触らない体質
が当たり前となったのでしょう。
 
アメリカと並んでいた超大国ソビエト連邦は外か
らの攻撃もなく崩壊してしまいました。崩壊した
理由によく言われるのは官僚の秘密主義と非効率
です。その例としてチェルノブイリ原子力発電所
の爆発事故がよくあげられます。この原発事故か
ら30年だそうです。
 
最初に異常に気付いたのがスウェーデン原子力
発電所ということです。スウェーデンからソ連
府は聞かれて現場の状況を確認したという噂もあ
ります。
 
そう言われても分からないこのブログでは、ロシ
ア帝国の役人が成長することなく、ソ連の官僚に
なったのではないかと想像し、旅客機のマレーシ
ア機撃墜などは国際的に非常に立場が悪いので、
中世ロシア的に隠されていることでしょう。
 
以下の報道記事によりますと、避難するための情
報もなく避難し、何とか住むところ見つかったと
いうのがウクライナ難民の状況のようです。北は
放射能汚染、東と南はロシア軍、ウクライナの苦
難は続きそうです。
 
ウクライナ東部の砲撃を受けた建物
ウクライナ・東部の廃墟.PNG
政府軍と親ロ派、重火器撤去を双方が宣言 ウクライナ
CNN 2015.03.08 Sun posted at 15:15 JST 
からです

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チェルノブイリの幻影・廃墟の街に住む内戦難民、ウクライナ

AFP=時事 5月27日(金)16時52分配信

 
 

【AFP=時事】チェルノブイリ(Chernobyl)原子力発電所の事故後に見捨てられ、地図にも載っていないウクライナ中部のゴーストタウンに、同国東部の内戦から逃れてきた人々が住み着いている。

 オルビタ(Orbita)という名のこの町は、旧ソ連時代には一度も登録されることはなかった。この町には原発が建設され、2万人の労働者が住む予定だったが、1986年4月のチェルノブイリ事故後に原発計画は破棄された。

 林を抜け、かつての原発建設予定地に向かう道はぼろぼろで、町の入口を示す標識はさびに覆われている。

ただ、廃墟となった建物の隣にある2つの小さな遊び場は清潔で整っている。10歳の金髪の少女、アリーナちゃんが心配ごとなどほとんどなさそうな笑顔で、祖父のウラジミール・リマルチェンコさんの傍らで遊んでいる。

 アリーナちゃんの家族は、内戦勃発直後にウクライナ東部の故郷を脱出してきた。内戦ではこれまでに9300人が死亡し、170万人が家を追われている。

リマルチェンコさんは「どこに行けばいいか分からなかった。とにかく、親戚が住んでいた中部まで行く電車に乗った。その後、道中で知り合った人から偶然、オルビタのことを聞いた」と話す。


 ウクライナ東部の各地に住んでいた8家族が、住宅価格の安さや平穏さに引かれてオルビタに移り住んできた。

旧ソ連時代に建設されたアパート1戸の購入価格は、1500ドル(約16万5000円)を下回る。首都キエフ(Kiev)の平均価格4万ドル(約440万円)と比べるとごく少額だ。

■ゴーストタウンからゴーストタウンへ
 オルビタの変遷は、チェルノブイリと密接に絡み合っている。
 オルビタの開発計画は、建設が予定されていたチヒリン(Chygyryn)原発のために、1970年に立案された。

チェルノブイリ原発の技術者たちが住んだ町プリピャチ(Pripyat)と同様の機能を果たすことが期待され、1980年代に9階建てアパート2棟、5階建てアパート2棟と、インフラや百貨店も建設された。

しかしチェルノブイリ事故後、チヒリン原発建設計画は即座に破棄され、町もたちまち見捨てられた。

 リマルチェンコさんは「ここはチェルノブイリと似ている。放射能がないことを除いて。代わりに美しい森と空気がある」と話す。
 オルビタでは現在、5階建てアパート2棟に約50家族が居住している。住人のほとんどが高齢者で、暖房設備やガスなしで生活している。近隣の村まで行かなければ水は手に入らない。

生活の糧はわずかな年金と庭で育てた野菜だ。だが、彼らをいっそう悩ませているのは、奇妙な町とその住人の写真を撮ろうとやって来る、好奇心旺盛な観光客の存在だ。


 19歳の学生、クリスティーナさんは、スロバキア国境に近いウクライナ西部の町ウージュホロド(Uzhgorod)から友人らと、スリルを求めてオルビタにやって来た。

チェルノブイリに行きたかったけれど、値段が高かった。ここは無料だし、放射線もない」と話す彼女は「このゴーストタウンの雰囲気に引かれた」ことを認める。

「世界の終末を描いた映画の中にいるみたい」
 だが、リマルチェンコさんは「私たちが幽霊みたいだと言いたいのか?」と苦い表情。

「本物のゴーストタウンならば、われわれが逃げてきた東部の親ロシア派地域にある」とつぶやいた。【翻訳編集】 AFPBB News

チェルノブイリの幻影・廃墟の街に住む内戦難民、ウクライナ

AFP=時事 27日(金)16時52分

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中国外相「南京は更に忘れるべきではない」

読売新聞 27日(金)19時15分

 

現役米大統領初の広島訪問、被爆者たちの言葉

AFPBB News 27日(金)16時55分


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