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ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 12

ノーベル平和賞 17歳少女マララさんの声(スピーチ)を探る 12

 
 
マララさんが11歳の時のお話があります。その記事によりますと、
11歳の時にはすでに学校に行きたいと声を上げたのですが、
 
声を上げると、命を狙われることを知っていたようです。
 
2009年2月、武装したタリバンがいるところでTVの生放送に出演して、
「学校を開いてください」と話したということなんです。
以下のニュース記事をご覧ください。
 
パキスタンで起きた血なまぐさい出来事を拾ってみました。
 
2007年10月べーナズィール・ブットー元首相が選挙運動中に暗殺される。
2011年5月アメリカ軍によってウサーマ・ビン・ラ-ディンが殺害される。
2012年10月マララさんが銃撃される。
 
国民は今も何が起きるか分からないといった状態かもしれません。
 
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マララさんの声(スピーチ) ノーベル平和賞の受賞が決まった時

 

私自身がスワート渓谷(パキスタン)にいた時に同じ境遇に苦しんでいたからです。ご存じの通り、スワートはタリバンパキスタンの反政府武装勢力パキスタンタリバン運動」=TTP=)の支配下にあり、学校に行くことは誰にも許されていなかったのです。

 

私は、自分の権利のために立ち上がりました。そして声を上げると言いました。

ほかの誰か(が何かをしてくれるの)を待ったのではないのです。

 

 私には二つの選択肢しかありませんでした。一つは、声を上げずに殺されること。もう一つは、声を上げて殺されること。

 

 私は後者を選びました。当時はテロがあり、女性は家の外に出ることが許されず、女子教育は完全に禁止され、人々は殺されていました。当時、私は学校に戻りたかったので声を上げる必要がありました。

 

(すでに掲載した部分です。スピーチ全文で未掲載の部分もあります。

よかったら以下から全文をご覧ください。)

ノーベル平和賞、マララさんのスピーチ全文

国際 : 読売新聞YOMIURI ONLINE からです

 ⇒ http://www.yomiuri.co.jp/world/20141012-OYT1T50145.html

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「マララは時代変える」最初にTVで紹介したキャスター

朝日新聞デジタル 10月11日(土)16時34分配信

 

 マララ・ユスフザイさん(17)のノーベル平和賞受賞をひときわ喜ぶパキスタン人ジャーナリストがいる。民放テレビ「Geo」の看板キャスター、ハミド・ミールさん(48)だ。

 

無名だったマララさんを番組に登場させ、世界に注目されるきっかけを作った立役者の1人。自身も銃撃を受けるなど境遇もマララさんと重なる。


 女子教育を敵視する反政府勢力パキスタンタリバーン運動(TTP)が同国北西部のスワート地区を支配していた2009年2月、ミールさんは現地から生中継を準備していた。直前に同僚記者がTTPに殺害され、抗議の意味を込めた番組だった。そこに少女が近寄ってきた。

 

「おじさん、私を番組に出して下さい」。当時、英BBCのブログに仮名で日記を書いていた11歳のマララさんだった。

 番組に登場すれば、TTPからにらまれる可能性があった。だが、マララさんも一緒にいた父親も意思は固かった。

 

武装したTTPの兵士が遠巻きにする中、生放送でマララさんは訴えた。「学校を閉めた人たちに言いたい。私は学校に行きたい。学校を開いて下さい」

  (ヤフーニュース 国際総合からです)

   終りまでお読みいただき、ありがとうございました

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