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エジプト現地ルポ:混乱と流血、銃弾の

エジプト現地ルポ:混乱と流血、銃弾の痕に芽生える「聖戦」
ロイター 8月15日(木)12時21分配信
 
8月14日、治安部隊がデモ隊強制排除に乗り出したエジプトでは、銃弾が飛び交い、血の海が広がっている。ムスリム同胞団の支持者の1人は「今こそ聖戦を実行する時だ」と語った。写真は銃弾を受けた負傷者を運ぶモルシ前大統領支持者(2013年 ロイター/Asmaa Waguih)

[カイロ 14日 ロイター] - 催涙ガス、ブルドーザー、立ち上る炎──。治安部隊がモルシ前大統領支持派の強制排除に乗り出したエジプトでは、銃弾が飛び交い、血の海が広がっている。

1カ月半にわたって抗議を続ける数千人のデモ隊を排除しようと、エジプトの治安部隊がキャンプに到着したのは14日の夜明け後だった。

上空ではヘリコプターがごう音を響かせ、警官隊はデモ隊に向かって催涙ガスを噴射した。土のうや岩で作ったその場しのぎのバリケードは、ブルドーザーになぎ倒され、その内側ではデモ隊がパニックに陥っていた。
ロイターのヤスミン・サレハ記者は、治安部隊の攻撃が始まった直後にキャンプに到着した。コーランの言葉を口にする人や、「神よ、救いたまえ」と繰り返し叫ぶ人たちがいた。
警察車両から降り立った警官隊は、黒い服とマスクを着用し、その手には警棒と催涙弾が握られていた。彼らはテントを破壊し、火を放っていく。

「警官隊や兵士は、子どもにまで催涙ガスを噴射する。われわれは平和的なデモ隊で、武器は持ち合わせていない。銃も使っていない。石を投げただけだ。どれだけ頼んでも、彼らはデモ隊への銃撃を続けた」。こう語る学校教師(39)の頭からも血が流れ出ていた。

銃撃が始まって以降、死傷者が路上に倒れ、その周りには血だまりが広がっていた。デモ隊のキャンプは、かつて公園や子どもたちのための美術展覧会の会場として使われていたが、今では野戦病院と化していた。
路上に並ぶ7人の遺体のうち、十代とみられる1人は頭蓋骨を叩き割られ、後頭部から血が流れていた。
一方、首都カイロの別の場所では、ロイターのアブドル・モネイム・ハイカル記者がデモ隊の群集の中にいた際、銃弾が空気を切り裂く音を耳にした。

デモ隊は倒れ込むように地面に伏せた。ハイカル記者が見上げると、隣にいた男性の頭から血が噴き出していた。頭部に銃弾を受けたのだ。

治安部隊による攻撃が続く中、デモ隊が座り込みを続ける主要場所の西側入り口にはトム・フィン記者がいた。フィン記者は、負傷者を搬送するための救急車を治安部隊が妨害しているのを目撃した。

ピンク色のヒジャブをまとった女性は、兵士らの前で自分の身分証を振りかざし、「私は医者だ。通して欲しい」と声を荒げていた。彼女の後ろには50人前後のデモ隊が控えており、中には腕や顔から血を流している人もいた。

サイレンを響かせながら3台の救急車が到着し、男らは車の後部を叩きながら、「救急車を通してくれ」と叫んでいた。だが兵士らは救急車を追い返し、男らに催涙ガスを噴射した。

野戦病院
死傷者はモスクの近くにある建物の中の野戦病院に運ばれた。気温が高い内部は混とんとしており、大声をあげる人々でごった返していた。白い壁には血が飛び散っていた。

死者の多くは小さな部屋に安置され、頭部には白い包帯が巻かれていた。上半身をはだけた状態の12歳の男の子は銃弾が首を貫通していた。少年の母親は遺体を何度も揺らし、その胸に静かにキスをした。

フィン記者は29の遺体を確認した。ほとんどが20代の男性で、遺体の頭や首、そして胸に銃弾の痕があった。
モルシ前大統領の出身母体である「ムスリム同胞団」は数百人が死亡したとしているが、当局側はそれよりも小さい数を発表しており、正確な犠牲者の数は定かではない。取材中だったエジプト人記者と英テレビ局のカメラマンも死亡し、ロイターのカメラマンも脚に銃弾を受けて病院に搬送された。

ムスリム同胞団の支持者の1人は、聖戦の時が来たと語る。「われわれの血はこれほど安いのか。今こそジハードを実行する時だ。神は必ずや殺りく者に復讐する」。

デモ隊がいたキャンプからは、夕方までにほとんど人の姿が消えた。がれきの中にたたずむ1人の男性は「アラー以外に神はいない」と口にしている。静けさの中で、彼のむせび泣く声だけが響いていた。

【ヤフーニュースからの転載です。ご了解願います】